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 6月28日、日本銀行は6月の金融政策決定会合で、金融機関による気候変動対応の投融資を支援するための新たな資金供給オペ(以下「グリーン・オペ」)導入を決定し、次回(7月)の会合で骨子を公表すると表明した。都内の日銀本店で2020年5月撮影(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
<ECBに先行した日銀>
筆者は、気候変動対策に熱心な欧州中央銀行(ECB)が、本年秋の政策運営見直しの中で、既存の貸出支援策(TLTRO)の条件変更を通じた銀行の「グリーン融資」支援の導入に踏み切る可能性があると思っていた。このタイミングで、日銀が先行したことは意外であった。
気候変動に関しては、金融機関のリスク管理に焦点を当ててきた印象のある日銀が「グリーン・オペ」の導入に踏み切った背景については、「気候変動リスクに係る中央銀行・金融当局ネットワーク(NGFS)」へ2019年12月に参加し、海外の中央銀行や金融当局の議論に接する機会が増えた点や、菅義偉政権が2050年の「カーボン・ニュートラル」目標を政策の柱に据えた点など、いわば「外圧」の影響を指摘する向きがみられる。
<「グリーン・オペ」に期待される役割>
第1に、「カーボン・ニュートラル」を円滑に達成するため、企業が新技術を開発し、それを具体化した設備投資を行ったり、ビジネスモデルや資源配分の変更を実践したりする上で、資金調達(「トランジション・ファイナンス」)に関する環境整備が不可欠である。「グリーン・オペ」は、金融機関経由での資金調達を促進する役割が期待される。
第2に、「グリーン・オペ」は金融機関による取引先の気候変動対応のプロジェクトへの投融資を支援する仕組みであるだけに、企業には自らの気候変動対応に関する情報開示のインセンティブが生じ、結果として金融機関による気候変動関連の情報開示も充実することが期待される。ただ、この点に関しては金融当局による情報開示の標準化に向けた取り組みとの連携も重要となる。
第3に、「グリーン・オペ」の活用に際して、金融機関と取引先との間で気候変動への対応に関する新たな対話の機会を生み出すことで、気候変動問題への関心を中小企業へ拡大することが期待される。
また、取引先がこの問題に対応する上で上記のように経営面での変革も伴うだけに、金融機関にとっては取引先に対する「事業性評価」を充実させることにもつながる一方、気候変動への対応が「事業性評価」の形式的な基準にならないよう注意する必要もある。
<「グリーン・オペ」の位置づけ>
金融機関の投融資を促進するための資金供給オペは、日銀だけでなく米欧でも既に中央銀行の政策手段の立場を確立した。ただし、金融機関による特定分野に対する投融資を支援する制度は、資源配分により強い影響を与えるだけに次元が異なる。
実際、米連邦準備理事会(FRB)もコロナ対策としての銀行融資の支援や証券化商品の買い入れでこうした考え方を採用したが、あくまで時限的な制度と位置づけた。
日銀もこの問題は意識し、6月の声明文でも「市場中立性に配慮しながら行う」ことの重要性を確認し、「金融機関が自らの判断に基づき取り組む」案件をバックファイナンスの形で支援する考えを明記した。
しかし、「グリーン・オペ」は、所期の政策目標を達成するために、企業による気候変動対応のプロジェクトのうちで、日銀が設定する条件を満たす案件に対する金融機関の投融資だけを対象にすることが想定される。
また、「グリーン・オペ」の前身にあたる成長基盤強化支援資金オペは、2010年の導入当初から特定分野の投融資を支援する枠組みを採用しており、日銀にとってこうした考え方は新たな対応とは言えない。
資源配分への過度な介入という弊害を抑制する上では、対象を資金調達が相対的に困難な中小企業に限定するとか、オペの規模に上限を設定するといった技術的な対応が考えられる。その上で、本措置を政府による「トランジション・ファイナンス」の円滑化に向けた政策パッケージの中に適切に位置づけることで、政策対応の整合性を明示。同時に「グリーン・オペ」の意義と限界を明らかにしておくことが望まれる。
<資本市場との連携>
企業には、炭素排出に関する2030年の中間目標をクリアするだけでも、息の長い取り組みが求められる。しかも、今後の自然環境や政策対応、技術開発には大きな不透明性が残るだけに、資金調達にも上下双方のリスクへの柔軟性が必要となる。これらの点からみて、資金調達手段としてのエクイティの有用性は明らかである。
日銀も、声明文で「投融資」と表現するなどこの点は意識しており、成長基盤強化支援資金オペを引き継ぐ形で金融機関による投資も対象とする考えであろう。その上で、企業による利用が拡大している資本性ローンも「グリーン・オペ」の対象となるように適切な位置づけが望まれる。
また、日銀は資本市場を経由したエクイティ・ファイナンスの円滑化に貢献しうる面も少なくない。上記のように「グリーン・オペ」の導入を通じて、企業と企業に対する与信を行う金融機関の双方において、気候変動対応に関する情報開示が充実すれば、資本市場を経由して「グリーン」な資金調達を拡大するための環境整備につながりうる。
長い目で見れば、日銀が保有する上場投資信託(ETF)についても、最終的な保有主体の如何にかかわらず、企業による気候変動対応の円滑化という観点を加味することも考えられる。
より広い意味で資本市場経由での「グリーン」な資金調達を活性化する上では、企業が気候変動対応のために発行する「グリーン・ボンド」を資産買い入れの対象として明確に位置付けるといった選択肢も存在する。
筆者は、こうした「グリーンQE」もECBが先行すると予想してきたし、日本では欧州に比べて市場規模が小さいといった理由で時期尚早、ないし市場機能への副作用が大きいとの指摘も出ている。
しかし、日銀が買い入れの方向を示すことが新規発行の増加を促す「アナウンスメント効果」も生じうるほか、買い入れ対象に関する日銀と関連省庁や市場関係者との議論を通じて、「グリーン・ボンド」の属性に関する標準化に寄与しうるといった観点も加味しつつ検討することが考えられる。
6月の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁が「グリーン・オペ」の骨子とともに今後、公表することを示唆した気候変動問題への取り組み方針の具体的な内容が注目される。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。
(編集:田巻一彦)
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