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SPACE
2021.07.06 TUE 07:00:47
小型四足歩行ロボット「SpaceBok」が、火星の複雑な地形での探査を目指して訓練中(動画あり)
火星に降り立った探査車「パーサヴィアランス」や小型ヘリコプターが「赤い惑星」の未踏の地へと繰り出すなか、4本足の小型ロボットSpaceBokが、さらに過酷な地形にその第一歩を踏み出そうとしている。チューリッヒ工科大学とマックスプランク太陽系研究所の共同研究チームが開発を進めるこのカモシカを模した小型四足歩行ロボットの実力を、動画と共にお届けしよう。
TEXT BY MATT SIMON
お知らせ:Thursday Editor’s Lounge
7月8日(木)のゲストは吉上亮(SF作家)
次回のテーマは「SFは、『ネイバーフッド』をいかに記述できるのか?」。人気アニメシリーズ「PSYCHO-PASS サイコパス」のノヴェライズや脚本でも知られ、『WIRED』日本版最新号にSF「白夜境」を寄稿した気鋭のSF作家・吉上 亮に、「白夜境」に込めた想い/狙い、「ネイバーフッド」や「ミラーワールド」を記述するおもしろさ/難しさ、SFシーンの現在位置/今後を訊く。詳細はこちら。
1997年に火星に降り立った「ソジャーナ」から、2021年2月に着陸した「パーサヴィアランス」に至るまで、その赤い惑星を探査するロボットは共通の特徴をもつ──車輪だ。ロボットにとって足での走行は、地球においてでさえいまだに苦労している。車輪での走行はそれよりもはるかに安定性およびエネルギー効率の面で優れている。NASAとしては、極めて高価な火星探査機が亀のようにひっくり返って手足をジタバタさせる事態は避けたいのだ。
ただ、車輪の問題点は、探査機の行ける場所が限られてしまうということだ。急な斜面など複雑な地形をもつ火星を探索するには、地球上の動物が進化させてきたような脚が必要となる。そこで、スイスのチューリッヒ工科大学とドイツのマックスプランク太陽系研究所の共同研究チームは、スプリングボックと呼ばれるカモシカを模した小型の四足歩行ロボット、「SpaceBok(スペースボック)」の開発を進めている。
より過酷な地形にも対応
本物のスプリングボックは、おそらく捕食動物を混乱させるため、その名の通りアフリカの砂漠を跳ね回って(スプリング)移動する。18年に発表された当初、Spacebokは月面をジャンプすることを想定してつくられていた。重力の小さいその衛星では宇宙飛行士もそうやって移動するからだ。
ただ、地形が比較的平らな月なら問題ないかもしれないが、砂や岩で覆われ、急な斜面が多く複雑な地形をもつ火星でそうした動きをするのは危険だ。そのため、研究チームは現在、Spacebokの足や歩き方を改良しながら、より過酷な地形にも対応できるかどうか探っている。
そのための実験において、チームはジャンプを伴わない従来型の歩行をSpacebokにプログラムした。具体的には、少なくとも3本の足が常に地面と接触している「静的」な歩行と、一度に複数の足が地面から離れることのある「動的」な歩行の2種類を比較したいと考えたのだ。前者のほうが秩序だった動きだが、後者のほうが速く動けるので効率はいい。
また、チームはSpacebokに2種類の足を取りつけた──「先端」型と「平面」型である。先端型の足は表面積が小さく、スプリングボックのひづめのような形をしている。一方、平面型の足は回転する平らな円盤で、地面と接触すると角度が変わる。ひづめというよりはスノーシューのようなものだと考えてほしい。まさにスパイク付きのスノーシューのように、滑り止めの突起も付いている。
平面型の足の表面積の大きさに注目してほしい。 COURTESY OF HENDRIK KOLVENBACH/ETH ZURICH
複数の形状の足と歩行パターンを組み合わせてSpacebokをカスタマイズできるようにした研究チームは、火星の地表を覆う土に近い材料を入れた傾斜のある大きな砂場を歩かせてみた。傾斜25度の斜面を登れる組み合わせがあるか検証するためだ。また、ロボットのエネルギー使用量をモニターすることで、それぞれの足と歩行パターンの効率性を数値化した。
平面型の足の欠点
学術誌『フィールド・ロボティクス』での掲載が承認されているこの実験の報告論文のプレプリントは、Spacebokが火星の丘を再現した地形を転がり落ちることなく効率的かつ巧みに登れることを示している。チューリッヒ工科大学のロボット研究者で同論文の筆頭著者であるヘンドリック・コルヴェンバッハはこう述べる。「わたしたちは、現在のシステムを用いたロボットなら火星の地面を歩くことができると示したかったのです。これは将来に向けて大きな可能性を秘めた技術です」
興味深いことに、Spacebokは平面型の足でも先端型の足でも斜面を問題なく登った。平面型の足は砂の上にしっかり立っていられた。一方、先端型の足は砂に沈み込んだが、それが碇のような役割を果たした。「驚きの発見でしたが、沈み込みが大きかったおかげで今回の斜面では先端型の足のパフォーマンスも悪くありませんでした。基本的にはかなり安定していました」とコルヴェンバッハは言う。
これは、少なくとも今回シミュレートした火星の地面では、という話だ。実際の火星では砂の下に岩が隠れていることもあり、それを踏めばロボットは転んでしまいかねない。砂に埋もれた岩はロボットがカメラで見つけられないので厄介な障害だ。転倒してからようやくその問題に気づくことになるのだから(カメラを搭載して自律歩行させることは可能だが、今回の実験では視界のない状態で歩かせた)。
砂で覆われた岩場を先端型の足で歩くと隠れた岩にぶつかりやすくなる。平面型の足の場合、実験でのロボットの動きは遅くなったが、その形状のおかげで埋もれた障害物の上を安全に通過できる可能性が高くなると研究チームは考える。
平面型の足で静的歩行を試みるSpacebok。 COURTESY OF RUAG SPACE/ETH ZURICH
しかし、平面型の足にも欠点はある。傾斜した砂場では滑りも大きな課題となった。人が砂の山を登るときに足元で小規模な砂のなだれが発生することを想像してほしい。足の下で砂が常に動いている状態では、傾斜と砂の両方に抗うことになり、登るのにさらなるエネルギーを使う。
Spacebokの場合、杭のように地面に沈む先端型の足は滑りを最小限に抑えられた一方、平面型の足は地表攪乱の度合いが大きいので滑りやすくなった。「滑りが大きくなるため、平面型の足のほうがエネルギー面ではパフォーマンスが悪かったのです」とコルヴェンバッハは言う。
理想的なデザインはおそらく2種類の足の中間で、スノーシューのように表面積が大きすぎるわけでもなく、カモシカのひづめのように小さすぎるわけでもない、ラクダの足のようなものだろう。「最適な中間点があるはずです」とコルヴェンバッハは言う。「先端型の足よりは表面積を増やす必要があるでしょう。地面に沈みすぎて足が抜けなくなるような状況は絶対に避けたいですから。一方、表面積の大きすぎる平面型の足が望ましいわけでもありません」。将来的にはさまざまな地面に適応させるべくSpacebokの足の表面積をリアルタイムで変化させられるよう設計することも可能かもしれない、と彼は言う。
動的な歩行と静的な歩行
4本足のロボットが本物の火星を歩くためには、歩き方にも柔軟性が必要だ。4本足の動物の動きにより近い「動的」な歩行に比べ、常に3本以上の足を地面につけておく「静的」な歩行のほうが安全性は高い。しかし、実験でSpacebokが斜面を登ったときには静的な歩行のほうが効率が悪かった。
「脚1本が体を前進させられる速度には限界があります」とコルヴェンバッハは言う。「しかし動的な歩行では、少なくとも2本の足が体を前に押し出します。だからより速く動けるのです。そもそもロボットの重量を支えているだけでエネルギーが使われるので、そうしたエネルギーの節約にもなります」
先端型の足での動的歩行。 COURTESY OF RUAG SPACE/ETH ZURICH
つまり、将来的にSpacebokは足の形状も歩行スタイルも切り替えられるようになる必要があるだろう。平地でA地点からB地点まで移動する際には、エネルギーを節約しながらより速く移動するために動的な歩行を用いる。一方、傾斜のきつい斜面を登るときには、安全性を優先して静的な歩行に切り替え、エネルギーを多く消費してでも坂を滑り落ちないようにするのがよいかもしれない。
また、進行ルートの探索も重要だ。今回の実験でSpacebokには、エネルギー使用量をモニターして最も効率的な経路を自動的に判断するアルゴリズムを搭載した。その結果、ジグザグのルートを描いて斜面を登るという“緊急時行動”が見られた。斜面を真正面から突き進むほうが大変で、多くのエネルギーを消費することになるからだ。
未踏の領域への可能性を拓く
ノルウェー国防研究機構で四足歩行の研究をしているロボット研究者のトゥネス・ニゴールは、このようにロボットのハードウェアとソフトウェアを密接に連携させて周辺環境に適応させることは、“身体化”ロボットの研究におけるトレンドの一部だと言う。複雑な地形にも人間の身体と同様にたやすく適応できるようロボットを訓練するのだ。人間の場合、意識してさまざまな筋肉の動きをコントロールしているわけではない。火星を歩くロボットもそのような適応性を備えることが理想だ。特に、地球からの通信にタイムラグが生じる環境では高度な自律性が求められるからだ。
車輪による制約のないロボットは、砂地や急傾斜地の調査を目指す研究者にとって非常に魅力的だ。米国国立航空宇宙博物館の惑星科学者で、「インサイト」「キュリオシティ」「パーサヴィアランス」による火星探査ミッションに携わった経験もあるマライア・ベイカーはこう語る。「わたしたちはそうした地に興味を惹かれます。なかでも、かつて湖があったことを示すクレーターには」。水が流れていた場所には生命が存在していた可能性があるからだ。「こうした新しい種類のロボットのおかげで新たな移動法や探査法が確立されれば、惑星上でこれまで探査不可能だった領域が開けてくるかもしれません」とベイカーは言う。
そうなれば、改良を重ねたSpacebokが、これまでの探査車が踏み入ったことのない領域で火星の生命体を探す日が訪れ、21年に初飛行を成功させた火星ヘリコプターのように、さらに多様なかたちでの科学探査を可能にするかもしれない。「脚のあるロボットが登場することで車輪型ロボットが宇宙探査に使われなくなることはないかもしれませんが、歩行型ロボットが研究において貴重な貢献をし、大きな役割を果たすことは間違いありません」とニゴールは言う。
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