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 本書は深田久弥晩年の作品で、紀行と随筆が44本、季節に沿って交互に並ぶ。なかでも随筆が面白い。
 「山の頂上だけは、安らかに清らかに、そっと残しておきたい。何もおきたくない。小さな石の祠(ほこら)一つで充分である」。そこに、山の頂で巨大な山名標示板に出合った話が続く。すると「壊して燃やしてしまいたかったが、それには頑丈すぎた」などとつぶやくのだ。
 年々スポーツ化する登山に対してはこんな一節も。「しかし私は知っている。まだ一本のピトンを岩に打ちこんだおぼえもなく、氷の壁でピッケルを振ったこともないが、空気の甘美に匂う森や原をさまよい、深い谷をさかのぼったり、ヤブを漕(こ)いだり、そして頂上で安らかな憩いを楽しむ人たち、そんな人たちの中に真の意味の登山家がいることを」。さらに「ヒマラヤから帰って私はますます日本の山が好きになった」と、海外の山と比較して日本の自然の繊細な美しさをたたえるのだった。ヒマラヤ研究の第一人者だからこその、説得力のある言葉である。
 より高く、より困難な山をひたすら求めていた当時の私は、本書で瀟洒なる日本の自然美を再認識した。同時に山の楽しみ方の奥深さを学んだ。この本が、私の山に対する視野を大きく広げてくれたのである。=朝日新聞2021年7月21日掲載
 ◇はぎわら・ひろし 60年生まれ。月刊誌「山と渓谷」元編集長。

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