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浸水した畑に雲が映り込む。独、仏、スイスにまたがる地域は6月下旬、大雨や巨大なひょうに見舞われた=6月29日、スイス西部、AFP時事
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 こういう「お天気の本」についての執筆依頼がくるというのは、やはりNHKの朝ドラ「おかえりモネ」がきっかけなのだろうが、実は僕もモネちゃんのように気象予報士の試験に挑んで、3度目でパスしてその資格をもっているのだ。免許取得は平成17年10月(2005年)だから、一応予報士歴15年余りになる。その体験記をまとめた『お天気おじさんへの道』(講談社)という著書もあるのだけれど、これはもはや古書でしか手に入れることはできない。
ひいきの語り口
 子供の頃からテレビの天気予報は日々欠かさず観(み)てきて(ヤン坊マー坊とかキリンのお天気ママさんとか……)、好みの気象解説者というのが時代ごとにいるけれど、近頃贔屓(ひいき)にしているのが蓬莱(ほうらい)大介という青年。
 “蓬莱”というと大阪名物の豚まんをふと想像するが、彼も読売テレビ系の番組に出てくる関西の人で、ひと昔前の上方の漫談家みたいな語り口や声のトーンがいい。この『空がおしえてくれること』という本は、表紙を見てのとおり柔らかいエッセー調の内容のもので、たとえば阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」を例に風の仕組みなどがわかりやすく解説される。気象の話ばかりでなく、プライベートのことも割と明けすけに語っている。「大学生の頃はシド・ヴィシャスにあこがれていて、髪の毛をツンツンに立て(中略)、パンクバンドを組んでいました」なんていう意外な過去を知っていっそう興味をもった。
 蓬莱氏は1982年生まれというが、『雲を愛する技術』の荒木健太郎氏は84年生まれ。気象庁気象研究所研究官――という職場の肩書はカタいけれど、本の帯には大ヒット映画「天気の子」の気象監修を務めた旨が記されている。巻末の索引には、アイウォールメソ渦(うず)、アーククラウド、鉛直シア……と専門用語がずらりと並んでいるが、「雲」をテーマに章立てされた文章はデスマス調でやさしく、溺愛(できあい)する雲のことを「この子」と表現しているのが印象的だ。そして、なんといっても膨大な雲の画像が精度の高いカラー写真で満載されているのが楽しい(QRコードで動画が見られる仕掛けもある)。そう、ここに載っている不気味な波状雲にドクロの顔を合成したようなイタズラ写真がスマホに送られてきたことがあったけれど、そんなコワい雲も含めていわゆる“インスタ映え”探しに熱中する層にもヒットするつくりの気象本、といえるだろう。
 「空」「雲」ときて、もう1冊は「雨」でいこう。『雨のことば辞典』は“倉嶋厚・原田稔編著”とクレジットされているが、両人が集めた1190余りの雨がらみの言葉が載っている。80年代後半から90年代にかけてNHKの夜のニュースで気象解説を担当されていた倉嶋さんの顔と語り口はいまでも思い出される。他のエッセー本も何冊か読んだが、俳句に造詣(ぞうけい)の深い方で、この辞書式の本にもグッとくる季語が多々拾われている。
牛車を洗う水が
 たとえば、この季節の言葉に「洗車雨(せんしゃう)」なんていうのがある。「陰暦七月六日に降る雨。七夕の前日、牽牛(けんぎゅう)が年に一度の逢瀬(おうせ)に使う牛車を洗う水が、雨となって降ると言い伝えられている。七月七日、七夕の当日に降る雨とする説もある」
 ガソリンスタンドで洗車する乗用車の姿を思い浮かべてはいけない。天の牛車から降りおちる雨なのだ。麦雨(ばくう)、沐雨(もくう)、遣(や)らずの雨……。字面から詩的な世界が想像されてくるロマンチックな雨言葉ばかりではない。案外多いのが、下の生理現象にたとえたもの。お糞(くそ)流し、霧の小便、虹の小便……。“虹の小便”とは天気雨を表すらしいが、なるほどね。ゲリラ豪雨、なんていうのよりは趣がある。=朝日新聞2021年7月10日掲載

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