■本研究の成果
以上、胃内視鏡生検病理組織デジタル標本において、精度高く印環細胞癌を検出する人工知能の開発に成功しました。
■ 共同研究者のコメント ~ 本研究の意義と今後の展望について ~
市原 真
胃のいわゆる未分化型癌(Nakamura K, et al. 1968)に分類される印環細胞癌の判別が可能となったことは、臨床診療的にも病理診断的にも大きなインパクトを持ちます。なぜなら、本研究によって今後、胃癌の人工知能解析においては「癌細胞がここにある」と認識する単純な存在診断ではなく、「ここにある癌が高分化型管状腺癌なのか、それとも印環細胞癌なのか」と弁別する=組織型分類ごとにマッピングを塗り分けることが可能になると期待されるからです。
現在、早期胃癌(癌が粘膜下層までの浸潤に留まっている癌)の層別化診療においては、印環細胞癌の成分を的確に見分けてマッピングすることが極めて重要です。内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection: ESD)によって治療された検体は、全例に病理診断が施行されますが、このとき、癌の組織型に未分化型(印環細胞癌、低分化腺癌、粘液癌)の成分がどれだけ含まれているかによって、その後の治療方針が変わります(胃癌治療ガイドライン第5版.日本胃癌学会編,金原出版,東京,2018)。
図1.内視鏡治療の根治判定(eCura)の基準表
図2.胃癌を分化度ごとにマッピングした1例.非常に小範囲であるが未分化型癌成分が混在している.合計34枚のプレパラートについて人力で詳細なマッピングを施行したが、多大な労力を必要とする。
胃癌の二大組織型である分化型と未分化型を、人工知能診断が双方カヴァーして「塗り分ける」ことは、病理診断の労力軽減、精度向上に大きく寄与し、胃癌診療の方針決定シークエンスにおいて強力なツールとなることでしょう。
現在、胃癌に限らず多くのがんで「病変内の多様性」が観察され、その一部は患者予後に影響することがわかってきています(参考:治療方針を変える病理所見 診療ガイドラインと治療戦略.病理と臨床臨時増刊号.2021,vol.39,東京,文光堂)。しかし、組織所見の多彩さのあまり、人力ではもはやマッピング・塗り分けが困難と感じる場面も多く経験されます。今回、分化度の低い癌腫をマクロファージや正常断片化細胞と精度高く弁別しながらヒートマップ表示できたことで、この先あらゆる癌腫において低分化な癌腫成分をはじめとする病変内多様性がマッピング可能になるのではないかと期待されます。人工知能による病理診断支援を、「がんのある・なし」を越えた次のステージに飛躍させるだけのポテンシャルを持った研究成果であると考えます。
■原著論文
本研究成果は、Technology in Cancer Research and Treatmentで公開されました。
▼論文タイトル:Deep learning models for gastric signet ring cell carcinoma classification in whole slide images Technology in Cancer Research & Treatment
▼日本語訳:病理組織デジタル標本における胃印環細胞癌の検出を可能にする深層学習を用いた人工知能の開発